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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)979号 判決

原告 国

訴訟代理人 岩淵正紀 外三名

被告 あづま不動産株式会社

主文

訴外株式会社あづま荘が昭和四一年一一月一九日被告に対してなした七〇〇万円の弁済行為を一六八万四、五五〇円の範囲で取消す。

被告は原告に対し、一六八万四、五五〇円ならびにこれに対する昭和四四年三月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第二項につき仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

旨の判決。

第二当事者の主張〈省略〉

第三証拠〈省略〉

理由

第一本件租税債権の存在および成立について

一  本件法人税について

租税債権は法律の規定する課税要件を充足することによつて法律上当然に成立し、これに対応して相手方の納税義務が成立するが、租税債権の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する場合を除き、法律に定める手続によつてはじめて租税債権の内容が確認され、租税債権関係が具体的に確定される。申告納税方式をとる法人税においては、納付すべき税額は納税者がする申告によつて確定するのを原則とし、その申告した税額の計算が法令の規定に従つていない場合等において、税務署長は申告された課税標準または税額等につき更正をし、これによつて法人税債権関係を確定する。

〈証拠省略〉によれば、あづま荘が昭和四二年二月一三日になした昭和四〇年二月一日かう昭和四一年一〇月三一日までの事業年度の法人税確定申告に対し、熱海税務署長が昭和四二年四月四日付で法人税額を二〇七万〇、八二〇円とする旨の更正をなし、あわせて源泉所得税として三〇〇万五、一七四円を納付すべき旨の告知をなし、右各処分に対するあづま荘の異議申立に対し、昭和四二年六月二九日付で異議申立の一部を認容し、法人税額を一六三万〇、九〇〇円、源泉所得税額を五万円とし、その余の異議申立を棄却する旨の決定をしたこと、これに対しあづま荘が更に同年七月一〇日名古屋国税局長に対し審査請求をしたが、昭和四三年四月三〇日付で請求棄却の裁決がなされたことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、原告が本件法人税債権を有することが明らかである。即ち、右のような法人税に関する更正は一の行政処分であり、その課税に重大且つ明白な瑕疵があつて無効であることが確定した場合を除き、正当な権限に基づき取消されない以上、なんびともその効力を否定することは許されないから、あづま荘の前記事業年度の法人税は前記更正処分により(異議申立に対する決定および審査請求に対する裁決によつて維持された範囲において)確定したものである。

そして、〈証拠省略〉ならびに弁論の全趣旨によれば、あづま荘が熱海税務署長を相手どつて静岡地方裁判所に対し、前記法人税更正処分および源泉所得税納税告知処分の取消を求める訴を提起し(同裁判所昭和四三年(行ウ)第九号事件。右訴提起の事実は当事者間に争いがない。)、昭和四六年六月一一日源泉所得税納税告知処分を取消し、法人税更正処分取消請求を棄却する旨の判決の言渡があり、当事者双方から東京高等裁判所に対し、各敗訴部分に対する控訴の申立をし、該訴訟が現に同裁判所に係属中であること(あづま荘の申立にかかる控訴事件は同裁判所昭和四六年(行コ)第四八号事件である。)が認められる。右認定事実によれば、本件法人税更正処分は依然有効であるとしなければならない。

被告は、本件において、本件法人税債権の存在を争うが、かかる主張を採用することができないことは前説示のとおりである。

そして、国税通則法第一五条第二項第三号によると、本件法人税債権の成立は事業年度終了の時である昭和四一年一〇月三一日である。

二  本件源泉所得税について

(一)  源泉徴収の対象となるべき所得の支払がなされたときは、支払者は法令の定めるところに従つて所得税を徴収して国に納付、する義務(以下「納税義務」という。)を負うが、右納税義務は所得支払の時に成立し、その成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が当然に確定し、それが法定の納期限までに納付されないときは、税務署長は支払者に対し右税額を示して納税の告知をなすべきものとされている。ところで、右納税の告知は課税処分ではなく徴収処分であつて、支払者の納税義務の存否は右処分の前提にすぎないが、納税義務の存否につき支払者と税務署長との間に意見の対立がある場合、支払者は納税義務の存否を争つて納税告知処分の取消を求める訴訟を提起することができると解される。しかし、当該訴訟の判決は前提問題たる納税義務の存否をも確定するものではないから、たとえ支払者の取消請求を認容する旨の判決が確定したとしても、国は別訴において租税債権の存在を主張することを妨げない。

〈証拠省略〉によれば、本件源泉所得税納税告知処分を取消した前記静岡地方裁判所の判決は、あづま荘の納税義務の不存在を取消の理由としたものと認められるが、右判決は手続上未確定であること前認定のとおりであるのみならず、たとえ確定するに至つたとしても、本件源泉所得税債権の不存在を確定するものではないから、本件において原告が本件源泉所得税債権の存在を主張することは許されないものではないこと前述のとおりである。

(二)  そこで、本件源泉所得税債権の存否について判断するに、あづま荘が昭和四〇年九月二五日弁護士松村恭一郎および藤枝東治に対し、同会社が、静岡県を相手どつて提起した損害賠償請求事件に関し五〇万円を支払つたことは被告において明らかに争わないから自白したものとみなすべく〈証拠省略〉によれば、右訴訟はあづま荘が松村・藤枝両弁護士を訴訟代理人として静岡地方裁判所沼津支部に対し昭和四〇年七月一三日付訴状を提出して提起したものであつて、静岡県が施行した静岡県起一般国道一三五号線下田・小田原線道路改良工事によりあづま荘が営業を妨害され、損害を蒙つたことを理由にして五〇〇万円の損害賠償の支払を求めるものであつたこと、右訴訟は三、四回のロ頭弁論期日が開かれたが、昭和四一年四月一三日付訴の取下書の提出により終了したものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。ところで、〈証拠省略〉には、前記五〇万円は右損害賠償請求事件の訴状貼用印紙代および旅費、日当等の費用の相当額として支払われた旨の供述記載がある。しかし、五〇万円という金高およびそれが訴訟事件に関して支払われたという性質、弁護士が報酬の前払を受けることもありえないことではないことならびに前記損害賠償請求事件の訴額、事件の内容等諸般の事情をあわせ考えると、特段の事情が認められない限り、右五〇万円は、前記印紙代および費用を一部含むが報酬を主旨として支払われた金員であると認めるのが相当である。そして、所得税法第二〇四条第一項第二号所定の弁護士報酬は弁護士業務としての役務提供の対価であるものをいうことは明らかであるが、本件のように弁護士報酬を主旨とする金員の中に費用等が含まれていたとしても、それが明らかに区分されていない限り、その全額を源泉徴収の対象となる報酬として扱うのを至当とする。けだし、源泉徴収制度が納税者をして事後の申告、納付等の煩雑な事務から免かれさせるとともに、国の徴税手続の簡易確実化に資することに合理的存在理由を有することに鑑みれば、右のような場合に納税義務者が一々徴収の対象となる支払部分とそうでないものを分別確定しなければならない結果をもたらすような解釈をとることは許されないからである。このようにみても、受給者が印紙代および費用として支払を受けた金額は確定申告をする際に必要経費として控除することができるから、もとよリ二重課税の生ずる余地はない。

以上によれば、原告が本件源泉所得税債権を有することは明らかである。

(三)  そして、国税通則法第一五条第二項第二号によると、本件源泉所得税の支払の時である昭和四〇年九月二五日に成立したものであり、その法定納期限は国税通則法第二条第八号本文および所得税法第二〇四条第一項により、右支払の日の属する月の翌月の一〇日、即ち昭和四〇年一〇月一〇日である。そして国税通則法第六〇条によれば、源泉徴収による国税をその決定納期限までに完済しないときは延滞税を納付しなければならないから、本件源泉所得税に対する延滞税は昭和四〇年一〇月一一日より成立する。そして、その税額は、国税通則法第六〇条第一項第三号、第六二条第二項第一号に従い昭和四〇年一〇月二日から昭和四一年一〇月一〇日までの分を計算すると、すくなくとも原告主張の三、六五〇円となる。

三  本件租税債権は詐害行為取消権の被保全債権となりうるか。

詐害行為取消権を行使できる債権は取消の対象となる行為よりも前に成立したものであることを要するが、債務者の行為の当時に債権が現に存在する以上、たとえその数額、範囲が確定していなくても債権者は取消権を行使することができると解するのを相当とする。してみると、昭和四一年一〇月三一日成立した本件法人税債権、昭和四〇年九月二五日成立した本件源泉所得税債権、昭和四〇年一〇月一一日から昭和四一年一〇月一〇日までの間に成立した前記延滞税債権はすべて本件詐害行為取消権の被保全債権なりうるものとすべきである。

第二詐害行為の成否について

一  あづま荘が熱海市伊豆山一七〇番地において被告から被告所有の建物四棟を賃借し、旅館を営業していたところ、静岡県起一般国道一三五号線下田・小田原線道路改良工事の施行に伴い、右賃借建物の敷地たる藤枝東治所有土地の一部が土地収用法に基づき静岡県に収用されることとなり、右賃借建物もその一部を取毀さざるをえなくなつたため、昭和三八年八月旅館営業を休業することとなり、結局昭和四一年四月末に至り廃業届を提出し、(昭和四二年九月一日会社解散登記を了した。)、これに関し静岡県から本件補償金の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、本件補償金は静岡県熱海道路建設事務所からあづま荘の静岡銀行熱海駅支店の預金口座に振込む方法によつてなされたことが認められる。そして、〈証拠省略〉によれば、あづま荘が昭和四一年一一月一九日静岡銀行熱海駅支店から本件補償金および預金利息の払戻として額面七〇〇万円の小切手と現金三三万六、〇六一円の交付を受けたこと、右払戻請求、右小切手および現金の受領は藤枝東治がしたことを認めることができる(あづま荘が昭和四一年一一月一九日静岡銀行熱海駅支店に預入れられてあつた本件補償金の払戻を請求し、同日額面七〇〇万円の小切手を受領したこと、その手続は藤枝東治がしたことは当事者間に争いがない。)。そして、同日藤枝東治が右小切手を城南信用金庫本店宛送金するため網代信用金庫熱海支店に持参し、同支店において藤枝東次名義で右小切手に裏書のうえ、同人名義で送金方を依頼し、該金員は同月二一日城南信用金庫本店に到達し、藤枝東治が被告名義で一ケ年の定期預金としたことは当事者間に争いがない。

二  本件補償金中七〇〇万円は被告に対し家賃として弁済されたか。

(一)  昭和四一年四月末日あづま荘が被告に対し延滞家賃一、四四〇万円(昭和三六年一二月一日から昭和四一年四月末日まで一ケ月三〇万円の割合による五三ケ月分の延滞家賃合計一、五九〇万円からあづま荘所有の什器備品を一五〇万円と見積つて延滞家賃の一部弁済に充当した残額)の支払義務を負担していたことは当事者間に争いがないから、あづま荘が被告に対し延滞家賃を弁済することは、義務の履行として事柄のもつともな運びであるといいうる。

(二)  被告は、昭和四一年四月末日現在における右延滞賃料債務は同日減額され、その後爾余の債務は免除した旨主張する。

乙第一二号証の一は、昭和四一年四月末日付「三者覚書」と題する書面であつて、あづま荘代表取締役藤枝尚子、被告代表取締役藤枝嘉郎の各記名捺印および藤枝東治の署名捺印(記名と署名の別は証人藤枝東治の証書による。)があり、その中に被告のあづま荘に対する延滞賃料一、四四〇万円を五三〇万円に減額する旨の記載がある。また、乙第一二号証の二は、昭和四二年八月二五日付「附帯契約証書」と題する書面であつて、あづま荘の清算人藤枝東治および藤枝東治個人の各署名捺印、被告代表取締役藤枝嘉郎の記名捺印(記名と署名の別は証人藤枝東治の証言による。)があり、その中に被告はあづま荘に対し延滞家賃を免除する旨の記載がある。更に、乙第一四号証は、昭和四二年八月一五日付あづま荘臨時株主総会決議録と題する書面であり、株主として、藤枝尚子、数馬政江、邑田美津子、小川英子、藤枝茂敏の記名捺印、藤枝東治の署各捺印(記名と署名の別は証人藤枝東治の証言による。)があり、その中に前記三者覚書による契約を全員一致で承認可決した旨の記載がある。ところが、〈証拠省略〉によると、藤枝尚子は藤枝東治の二女で、夫益次郎とともに千葉県下勝浦町において衣料店を経営している者、藤枝嘉郎は藤枝東治の二男で日産自動車株式会社に勤務する会社員、数馬政江(本名は政子。昭和三八年九月三〇日結婚して山浦姓となる。)は藤枝東治の亡妻の姪であつて、あづま荘開業後数ケ月間旅館の手伝をしたにすぎない者、邑田美津子(本名光子)は藤枝東治の姪で東京都晶川区豊町で美容院を経営している者、小川英子は藤枝東治の長女で、京急急行鮫津駅前でたばこ屋を経営している者、藤枝茂敏は藤枝東治の長男であること、藤枝尚子、数馬政子はあづま荘の代表取締役、藤枝嘉郎は被告の代表取締役であつたが(上記の者等が各会社の代表取締役であつたことは当事者間に争いがない。)、いずれもその職務を執行したことはなかつたこと、すくなくとも数馬政子、邑田光子は前記臨時株主総会には出席したことがなかつたこと、あづま荘も被告も、会社の業務はその全般に亘つて、あづま荘の監査役であつた藤枝東治が他の役員の関与はまつたくなく、単独で主宰していたことを認めることができ、証人藤枝東治の供述中認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして、証人藤枝東治の証言により、前記臨時株主総会決議録の株主の氏名は藤枝東治のそれを除きすべて藤枝東治が記載したことが認められることをあわせ考えると、前記三者覚書(乙第一二号証の一)、附帯契約証書(乙第一二号証の二)も、臨時株主総会決議録(乙第一四号証)も、藤枝東治が独断で作成したものとの疑念を拭うごとができない。これらの書面の成立の真正性を肯認することができないこと叙上のとおりであるから、これらの書面をもつて被告の前記主張を支える資料とはし難い。

(三)  あづま荘が前記小切手を被告に対する延滞賃料一、四四〇万円の弁済に充てたとの点について、あづま荘、被告とも当該取引を直接に記載した記録を備えていないが(被告の入金帳簿および法人税申告書に家賃七〇〇万円受領の記載がないことは当事者間に争いがない。)、〈証拠省略〉によれば、熱海税務署長が昭和四二年四年四日付で本件補償金をあづま荘代表取締役藤枝尚子に対する認定賞与と扱い、これと邑田昇の給与所得を合わせた二九五万五、一七四円の源泉所得税および本件源泉所得税(合計三〇〇万五、一七四円)の納税告知処分をしたのに対し・あづま荘は昭和四二年四月七日付で異議を申立て、本件補償金は被告に対する家賃の支払に充てた旨具申し、熱海税務署長は昭和四二年六月二九日付で本件源泉所得税を除くその余の源泉所得税の納税告知処分を取消したことが認められ(右認定を左右するに足る証拠はない。右手続経過は、本件源泉所得税に関しては既に第一の一で述べた。)、右認定事実によれば、あづま荘は本件補償金が被告に対する家賃の弁済に充てられたことは承認していたことが明らかである。

(四)  更に、本件補償金中七〇〇万円が城南信用金庫本店の被告名義の預金に振込まれたことは前述のとおりである。

以上(一)ないし(四)の事実を総合すると、前記小切手が被告に帰属しない特段の事由が認められない限り、藤枝東治があづま荘と被告の双方に代つて、前記小切手をもつてあづま荘の被告に対する延滞家賃の弁済に充てたものと認めるのを相当とする。

三  被告は、右小切手は、藤枝東治が別表経費一覧表記載のあづま荘の経費を立替支払つていたので、同人があづま荘から、現金一六万二、一八六円とともに該立替金の精算として受領したものであると主張し、あづま荘の被告に対する延滞家賃弁済の事実を争うが、以下に述べる理由により右主張は採用できない。

(一)  藤枝東治の立替支払の有無について

1 城南信用金庫からの借入金の立替支払について

証人藤枝東治は、「城南信用金庫の会員たる藤枝東治は、あづま荘の設備資金に使用するため、昭和三六年から同三七年にかけて、同金庫から合計三〇〇万円を借受け、支払のため振出した約束手形を爾後書替えてきた。乙第一九号証の一ないし三の額面各一〇〇万円、合計三〇〇万円の約束手形がその最終の書替手形である。藤枝東治は右借受金を利息五〇万六、九九〇円とともに、あづま荘の賃借建物の敷地である藤枝東治所有の土地を静岡県に売却した代金をもつて、城南信用金庫に弁済した。」旨供述する。しかし、〈証拠省略〉よれば、乙第一九号証の一と二の各約束手形は、城南信用金庫の藤枝東治に対する昭和三八年一二月一二日の手形貸付金一〇〇万円の支払担保手形が逐次書替えられたもの1のうちの各一枚であり、乙第一九号証の二が最終のものであること、乙第一九号証の三の約束手形は昭和四〇年一〇月三〇日の手形貸付金一〇〇万円についての最終書替手形であること、藤枝東治は昭和四一年五月一七日城南信用金庫に対し、以上二口の借入金を弁済し、同金庫から乙第一九号証の二および三の各約束手形に完済の押印を得たこと、乙第一九号証の一の約束手形には右完済印が押捺されていないこと、藤枝東治は右二口の借入金につき借受後昭和四一年五月一七日までの間に逐次利息および遅延損害金を支払い、その合計は二八万三、〇〇〇円であること(このうち昭和四一年五月一七日に支払つた分は九、五〇〇円である。)が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。右認定事実によれば、藤枝東治が乙第一九号証の一ないし三の約束手形をもつて城南信用金庫から借入れた金員は合計二〇〇万円にすぎず、その一口は昭和三八年一二月一二日、他の一口は昭和四〇年一〇月三〇日の借入にかかるものである。しかるに、あづま荘が昭和三八年八月以降旅館営業を休業するに至つたこと前述のとおりであるから、証人藤枝東治が供述するごとく右二〇〇万円があづま荘の設備資金に使用されたというのは納得できないところである。

されば、前記証人藤枝東治の供述はそのまま信用することはできず、他に藤枝東治があづま荘のため被告主張の金員を借入れ、その元利金を立替支払つたことを肯認するに足る証拠はない。

2 電気、水道、電話料等の立替支払について

〈証拠省略〉によれば、藤枝東治はあづま荘が昭和三六年八月二三日に設立させて以来(右日時にあづま荘が設立されたことは当事者間に争いがない。)昭和四一年四、五月頃までの間、あづま荘のため蒲団、自動車購入代金、料理飲食等消費税、自動車税等の税金、電気、水道、電話料、保険料として合計一四六万七、三六四円を立替支払つたことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない〈証拠省略〉。

以上に反し、〈証拠省略〉は、あづま荘が被告に対し賃借建物を明渡した日時であること当事者間に争いのない昭和四一年四月末日以降に属する右建物の電気、水道、電話料、自動車税、自動車修理代金、温泉関係の支出に関するものであつて、特段の事情が認められない限り、右各書証を藤枝東治があづま荘のために立替支払したと認める資料とすることはできない。

3 営業貸について

これを認めうる証拠はない。

4 青木高治に対する旅館私道舗装費について

〈証拠省略〉によれば、藤枝東治が昭和三七年一〇月二五日三丸建設株式会社(代表者青木高治)に対し道路工事金内金としてあづま荘のため三〇万円を立替支払つたことを認めることができる。証人藤枝東治の供述中、〈証拠省略〉の各金額はそれぞれ別個に支払つたものであつて、支払額は合計して六〇万円となるもののようにいう部分は、〈証拠省略〉の記載に照らし信用できない。

5 青木工業所に対する温水ボイラー設置費の立替支払について

弁論の全趣旨と〈証拠省略〉によれば、藤枝東治が昭和三八年一〇月二〇日有限会社青木工業所に対し、温水ボイラー設備工事代金一二万七、七八〇円を支払つたことを認めることができる。右はその工事の性質上、あづま荘の繰業期間中に同会社のために施工されたものと推認され、藤枝東治があづま荘休業後になつて該代金を立替支払つたものと認められる。

6 日本モーター工業株式会社に対する自動車修理代金の立替支払について

弁論の全趣旨と〈証拠省略〉によれば、藤枝東治が日本モーター工業株式会社に対し自動車修理代金として二万四、三八〇円を支払つたことが認められる。〈証拠省略〉によれば、当該領収証の宛名は「(株)あづま荘」と記載されているが、支払日時が詳らかでなく、これをあづま荘のために立替支払つたものとみることは躊躇される。

7 坂本鉄工所に対する自動車車庫シヤツター工事代金の立替支払について

弁論の全趣旨と〈証拠省略〉によれば、藤枝東治が昭和三六年五月二五日株式会社坂本鉄工所に対しシヤツター工事追加代金として一〇万二、〇〇〇円を支払つたことが認められる。しかし、右支払日時はあづま荘の設立よりも前であること明らかであつて、これをあづま荘のため立替支払つたものとみることはできない。

8 青木高治に対する造作変更修繕費の立替支払について

〈証拠省略〉ならびに弁論の全趣旨によれば、藤枝東治が昭和三七年五月一〇日三丸建設株式会社(代表者青木高治)に対し造作変更費として二〇万円を支払つたことを認めることができる。

〈証拠省略〉記載の各三〇万円をそれぞれ別個に支払い、合計六〇万円の支払額となるもののごとくいう部分は〈証拠省略〉に照らし信用することができない。)。しかし、〈証拠省略〉によれば、被告が昭和四二年一〇月一二日品川税務署長に提出した昭和四〇年一一月一日から昭和四一年四月三〇日までの事業年度分法人税確定申告書付属の貸借対照表写には、被告の建物取得費として「高木高治」(青木高治の誤記と認める。)に対する請負代金支払の内訳の記載があり、この中に昭和三七年五月一〇日の二〇万円の支払が含まれていることが認められるのであり、右二〇万円の支払と前認定の二〇万円の支払とが金額、支払先、支払年月日、支払事由の諸点において一致することからすれば、前認定の二〇万円を藤枝東治があづま荘のため立替支払つたものと認める根拠に乏しいとすべきである。

9 足川温泉配給組合に対する温泉源地ボーリング工事分担金および修繕分担金の立替支払について

弁論の全趣旨と〈証拠省略〉によれば、藤枝東治が昭和三八年一一月四日頃足川温泉配給組合に対し温泉源地修理工事費として四万五、〇〇〇円を支払い、また昭和三九年一月二二日同組合に対し温泉源地ボーリング工事費二一万二、〇〇〇円を支払つたことを認めることができる。ところで、〈証拠省略〉によれば、上記工事は同組合温泉源地の崩壊に対処するものであつて、同組合はまず本管の修理を行い、その工事費を温泉使用量に比例してみーづま荘に分担させたのが前記四万五、〇〇〇円の金員であるが、続いて行つたボーリング工事の費用については、温泉権者である藤枝東治に前記二一万二、〇〇〇円を分担させたものであることが認められる。しかし、〈証拠省略〉によれば、被告とあづま荘との間の建物賃貸借契約においては、温泉に関する負担金は所有者(温泉権者)に代つてあづま荘がその支払の責に任ずべきものと定められていたことが認められ、特段の事情がない限り、右約定による利益は温泉権者たる藤枝東治においてこれを享受する意思を表示していたものと認められるから、あづま荘と藤枝東治との関係においては温泉に関する負担金はすべてあづま荘が支払責任にあるものとすべく、従つて、前記ボーリング工事費の分担金は、本管の修繕工事の分担金とともに、あづま荘の負担に帰すべきものであつて、藤枝東治があづま荘のため立替支払つたものと認めることができる。

10 温泉維持費の立替支払について

〈証拠省略〉によれば、藤枝東治が足川温泉配給組合に対し、昭和三九年五月二八日、同年第一期分温泉関係固定資産税として四一三円を、同年五月分温泉維持費として三、〇〇〇円を、同年一〇月一五日、同年七月分ないし九月分温泉料、同年第二期分温泉関係固定資産税、モーター小屋修理および電気工事代金分担金として合計三万七、五六四円を、同年一二月三一日、同年第三期分温泉関係固定資産税、同年一〇月分ないし一二月分温泉料として合計七、二二五円をそれぞれ支払つたこと、このうち工事代金は温泉権者たる藤枝東治に賦課されたものであることが認められるが、温泉維持費、温泉料、温泉関係固定資産税があづま荘と藤枝東治のいずれによつて組合に支払われるべきものであるか証拠上明らかでない。仮にこれが藤枝東治の支払うべきものであるとしても、藤枝東治とあづま荘との間においては、温泉に関する負、担金はあづま荘が支払の責に任ずることとなつていたこと前述のとおりである。従つて叙上の支出はすべて藤枝東治があづま荘のため立替支払つたものとみるべきである。

11 自動車税の立替支払について

弁論の全趣旨と〈証拠省略〉によれば、藤枝東治が昭和三九年七月一八日あづま荘の同年度自動車税第一期分七、〇〇〇円、延滞金八〇円を立替支払つたことを認めることができる。

以上によれば、藤枝東治があづま荘のため立替支払つた金額は合計二二〇万七、四二六円であることが認められる。

(二)  立替金清算の事実はあつたか。

1 前記乙第一二号証の一(「三者覚書」)には、あづま荘が藤枝東治に対する立替金一一七万一、四四三円の清算義務あることを認め(但し、この金額の中には、前記(一)の説示中で排斥した城南信用金庫に対する借入利息金、日本モーター工業株式会社に対する自動車修理費あるいは本件において被告の主張していない三丸建設株式会社に対する街灯工事費が含まれている。)、本件補償金(但し、七二九万九、二一五円と表示している。)をもつて右立替金を支払つた旨の記載があり前記乙第一四号証(臨時株主総会決議録)には、三者覚書による約定を承認した旨の記載がある。しかし、これらの書証の意味するところが昭和四一年四月末日にあづま荘が藤枝東治に対しその立替金を清算したことになつていて、被告の主張する時期、即ち昭和四一年一一月二一日と整合していない点を問題とするよりも前に、これらの書証の成立の真正性自体を肯認することができないこと前述のとおりであるから、被告の主張を支える資料とし難い。

2 〈証拠省略〉は、いづれも昭和四一年五月一七日付藤枝東治のあづま荘宛の領収証であり、前者は城南信用金庫に対する借入金利息立替分五〇万六、九九〇円、後者はあづま荘の会社設立費用、蒲団購入代金等昭和四一年四月一日までの立替金二〇八万三、〇七五円をそれぞれ受領した旨の記載があるが、あづま荘が藤枝東治によつて借入金利息の立替支払を受けるべき関係にあつたことは認められないこと前述のとおりであるから、前者は内容において架空の領収証と断ずるほかなく、後者はその日付の点で昭和四一年一一月二一日に立替金の清算が行われた旨の被告の主彊を裏付ける価値に乏しいものとすべきである。

3 被告の主張に添うような証人藤枝東治の供述はそのまま信用できず、他に右主張を肯認するに足る証拠はない。

四  あづま荘の無資力

あづま荘が昭和三八年八月休業状態となつたことは前述した。そして、その資産状態は資産三一〇万円、負債二一〇万円であつたが、その後なんら収入もないまま、昭和四一年四月末には賃借建物を明渡し、什器備品を延滞家賃の一部の弁済に充て、旅館営業を廃止したことは当事者間に争いがない。右の事実によれば、昭和四一年一一月一九日現在において、本件補償金七三三万六、〇六一円(預金利息を含む。)が唯一の資産であり(この点は証人藤枝東治の証言からも窺うことができる。)、一方、負債は本件租税債務一六八万四、五五〇円、被告に対する延滞家賃一、四四〇万円で、明らかに債務超過の状況にあつたとすべきである。そうであるとすれば、あづま荘は昭和四一年一一月一九日唯一の資産である本件補償金中七〇〇万円を右延滞家賃の弁済に充て、その結果無資力となつたと認められる。そして、証人藤枝東治の証言によれば、あづま荘は現在も無資力で、本件租税債権の徴収は不能の状態にあることが認められ、以上の認定を左右するに足る証拠はない。

五  あづま荘および被告の害意

既存債務の弁済であつても債務者が一部の債権者と通謀して他の債権者を害する意思をもつてなされたときは詐害行為となる。そこで、あづま荘と被告が通謀のうえ原告の租税債権を害する意思をもつて家賃の弁済をしたかどうかを判断する。そして、右弁済は、藤枝東治一人が弁済者たるあづま荘と弁済受領者たる被告の双方に代つてなしたものであるから、右の詐害意思を藤枝東治の意思に焦点を当て判断することを要し、かつこれをもつて足るとすべきであろう。

(一)  藤枝東治の意思

1 被告が昭和三六年二月四日不動産売買、賃貸を目的として、あづま荘が同年八月二三日料理旅館を目的として、いずれも藤枝東治父子を主たる構成員として設立された会社であることは当事者間に争いがなく、あづま荘、被告の各代表取締役ともいずれも名目上のもので、両会社の業務は藤枝東治が単独で他の役員の関与なく主宰していたことは前述のとおりである。のみならず、藤枝東治が弁護士であつたことは当事者間に争いがなく、証人藤枝東治の証言によれば、あづま荘および被告の経理および税務関係は藤枝東治が担当していたことが認められるから、同人が税務に精通していたことは否定できない。叙上のようなあづま荘と被告の実質的一体関係および藤枝東治の税務知識に徴すれば、もし藤枝東治が本件租税債権の徴収を免かれようとしてあづま荘の唯一の資産である本件補償金中七〇〇万円を被告に対する家賃の弁済に充てようとすれば、同人の意のままにたやすくこれを行いえたこと明らかである。

2 あづま荘が昭和四一年四月末日現在被告に対して負担していた一、四四〇万円の延滞家賃債務につき、両会社が同日これを五三〇万円に減額する旨記載した三者覚書、被告が昭和四二年八月二五日延滞賃料の支払を免除した旨記載した附帯契約証書は、藤枝東治が両会社の代表取締役に無断で作成したことは前述のとおりであり、藤枝東治の右行為は、他に首肯できる相当の目的があつたことが認められない以上、一、四四〇万円の家賃債権が減額および免除によつて全部消滅したかのごとき外形を作出しようとする意図に出たものと推認する根拠となしうるものである。

3 右の三者覚書は、その存在を肯定できないあづま荘の藤枝東治に対する立替金を計上しており、更に本件において藤枝東治は被告の訴訟代理人として三者覚書に記載された以外の立替金をも計上し、本件補償金があたかもこれらの立替金清算義務の弁済に充てられたものと主張するが、そのような立替金清算の事実を肯認できないことは前説示のとおりである。このことは、延いて、藤枝東治が、本件補償金中七〇〇万円があづま荘の被告に対する延滞家賃の弁済に充てられたものでないことを仮装する意図を有していたことを示すものというべきである。

4 〈証拠省略〉によれば、城南信用金庫の被告名義の定期預金と変つた本件補償金中の七〇〇万円は、満期前である昭和四二年九月一三日払戻がされたことが認められるが、その払戻金の用途ないし行方について証人藤枝東治の供述するところは充分に納得できず、結局不明確に終つている。

以上の点を総合すると、あづま荘は原告の本件租税債務を害する意思をもつて被告と通謀して本件補償金中七〇〇万円を延滞家賃の弁済に充てたものと認めるのが相当である。

(二)  被告は本件補償金には法人税が課税されないと信じていたと主張するので、判断する。

1 措置法の課税の特例が適用されるか。

当時施行されていた措置法第六四条ないし第六五条の三の規定は、土地収用により資産が収用され、補償金を取得した場合等に生ずる譲渡益について課税の特例を定め、これにより土地収用等の公共事業の施行を円滑容易にすることを目的としたものであつて、その制度の一環をなす同法第六五条の三第一項の規定は、特定公共事業に関する買収等の場合について、法人の有する資産が収用されることにより取得した補償金等につき七〇〇万円の非課税を定めたものである。ところで、同法第六四条によれば、収用による補償金等の額は名義がいずれであるかを問わず、資産の収用等の対価たるものをいうとし、収用等に際して交付を受ける移転料その他当該資産の収用等の対価たる金額以外の金額を含まないとされている(同条第三項)。これは、措置法が資産の譲渡対価の性質を持つ補償金についてのみ課税の特例を認め、その余の補償金、たとえば営業上あるべき所得の補償は本来事業の所得であるがゆえに、また得意先喪失による損失の補償、移転補償その他の経費の補償、立木補償は、補償金を取得しても、他方に損失の発生、経費の支出があつて利益を生じないが故に、いずれも課税の特例の対象外とした趣旨であると解されるものである。

本件において、前記道路改良工事に当り、藤枝東治所有の土地の買収に伴い、あづま荘の賃借建物も一部取毀さざるをえなくなつたので藤枝東治が静岡県と交渉のすえ話合がまとまつて、同人には土地の買収代金が、被告には建物の取毀費用と建物再築費用が補償金としてそれぞれ支払われたことは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、あづま荘に対しては、本件補償金が動産移転費、移転雑費、休業補償費、立木補償費なる名目で支払われたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。してみると、本件補償金は、その名目に則してみる限り、経費、損失の補償であつて、資産の収用等の対価とは認め難いのである。

被告は、本件補償金はあづま荘の賃借建物の賃借権、温泉旅館営業権、温泉利用権等財産権の収用の対価として支払われたものであると主張するが〈証拠省略〉によれば、被告はあづま荘の賃借建物の一部を取毀さざるをえなくなつたので、右建物を残余の賃借土地(藤枝東治の所有土地で買収の対象外とされたものを被告が藤枝東治から賃借していた。)上に再築したこと、右建物は従前の建物に比して規模が縮少されたものの、旅館営業の許可を受けるに必要な客室五部屋を設備しうるものであづま荘が右建物を利用して温泉旅館営業を続けることは可能であつたこと、それにもかかわらずあづま荘は廃業届を出し、その後右建物は斉藤三男に賃貸され、同人はあづま旅館の名称で営業許可を受け、温泉旅館を営業していることを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない(あづま荘が廃業届を出した後、規模縮少後の建物を利用してあづま旅館が温泉旅館営業を行つていることは当事者間に争いがない。)。

右認定事実とあづま荘と被告がともに藤枝東治によつて支配され実質的一体関係にあることをあわせ考えると、あづま荘が被告から再築後の建物を借受け、旅館営業を継続していくことにつき障害があつたとは考えられず、あづま荘が資産的価値ある建物賃借権を喪失したとは認め難い。また、前記乙第五八号証によれば、被告は従前の建物の賃貸借契約に附帯してあづま荘のために温泉利用権を設定したことが認められるが、上述の事実関係のもとでは、右温泉利用権が失われたものとも認め難く、旅館営業権についても同様である。

このようにあづま荘が賃借建物の取毀によつてなんら資産を喪失していない以上、本件補償金は名目どおり休業補償等を目的とするものであつたと認めるべきであるから、措置法第六五条の三の規定は、その余の要件の存否について判断するまでもなく、本件補償金には適用されないとしなければならない。

2 右のとおり本件補償金について措置法の課税の特例が適用されないにかかわらず、藤枝東治が適用があると信じたかどうかについては左記の理由により消極に認定すべきである。

(1)  〈証拠省略〉ならびに弁論の全趣旨によれば、本件補償契約はあづま荘が静岡県に対し前記道路改良工事の施行により営業を妨害されたことを理由に五〇〇万円の損害賠償を請求する訴を提起したことを機縁として、同県(熱海道路建設事務所扱)との間で締結され、あづま荘は契約締結後右訴を取下げたこと、補償契約書上本件補償金について「移転雑費外休業補償等」と明記されており、あづま荘を代理して本件補償契約書に調印した藤枝東治は本件補償金が移転雑費、休業補償を主眼として支払われるものであることを認識していたことを認めることができ、〈証拠省略〉中右認定に反する供述記載は真実に合うものとは認め難く、証人藤枝東治の供述中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(2)  本件補償金に関する証明書である前記乙第一〇号証には、「資産明細」として「動産移転費、移転雑費、休業補償費、立木補償費」を金額と併記したうえ、「上記資産は土地収用法第3条第1項に該当する事業で一般国道一三五号線下田小田原線道路改良工事に必要なものとして収用することができる資産であることを(中略)証明します」との不動文字による記載がある。しかし、前記1で説明したところによると、右証明文言は事実に反する不正確な表現であり、〈証拠省略〉によると、静岡県(熱海道路建設事務所扱)は、藤枝東治所有の土地、被告所有の建物の補償金(これには措置法の課税の特例が適用される。)に関する証明書を発行する際、漫然と同一様式を用いて本件補償金に関する証明書を発行したものであることが窺えるのである。しかも、右証明書は昭和四二年五月一七日付であり、あづま荘が本件補償金中七〇〇万円を被告に対する延滞家賃の弁済に充てた後の発行にかかるものであるから、藤枝東治が右証明書の交付を受けたから本件補償金につき課税の特例があると信じたとみるのは理に適わない。そして、藤枝東治が右証明書の交付を受ける以前に静岡県から本件補償金に課税の特例がある旨の教示を受けた形跡は証拠上見出すことができない。

第三消滅時効について

本件法人税の徴収権の消滅時効がその法定納期限である昭和四一年一二月三一日の翌日から、本件源泉所得税がその法定納期限である昭和四〇年一〇月一〇日の翌日からそれぞれ進行を始めたことは当事者間に争いのないところである。

ところで、本件法人税について熱海税務署長が昭和四二年四月四日更正処分をしたことは前述のとおりであるから、右処分により時効は中断し、右中断事由はその納期限である同年五月四日まで継続した(国税通則法第七三条第一項第一号、第三五条第二項第二号)。原告は同年五月五日から進行を開始した時効は熱海税務署長が昭和四二年五月一七日督促状により納付の督促をしたことにより中断した旨主張するが、右事実を認めうる証拠はない。しかし、あづま荘が静岡地方裁判所に対し熱海税務署長を相手どつて本件法人税の更正処分の取消を求める訴訟を提起したのに対し(同裁判所昭和四三年(行ウ)第九号事件)、熱海税務署長が応訴し、昭和四三年一一月六日の期日において答弁書に基づき請求棄却の判決を求めたことは当事者間に争いがないから、これにより昭和四二年五月五日から進行を始めた時効は中断したものとすべく、

訟は現在東京高等裁判所に係属中であること(同裁判所昭和四六年(行コ)第四八号事件)は前述のとおりである。

次に、本件源泉所得税について熱海税務署長が昭年四二年四月四日納税告知処分をしたことは前述のとおりであるから、これにより時効は中断し、右中断事由はその納期限である同年五月四日まで継続した(国税通則法第七三条第一項第三号。なお、納期限の点は弁論の全趣旨により認定した。)。原告は、同年五月五日から進行を開始した時効は、熱海税務署長が昭和四二年五月一八日督促状により納付を督促したことにより中断した旨主張するが、右事実を認めうる証拠はない。しかし、あづま荘が前記行政訴訟にあわせて本件源泉所得税の納税告知処分の取消を求めたのに対し、熱海税務署長が前同様請求棄却の判決を求めたことは当事者間に争いがないから、これにより昭和四二年五月八日から進行を開始した時効は中断したものとすべく、弁論の全趣旨によれば、右訴訟の告知処分取消請求部分も現在東京高等裁判所に係属中であることが認められる。

従つて被告の消滅時効の主張は採用することができない。

第四結論

以上説示した次第であるから、原告の本訴請求は正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蕪山厳)

経費一覧表〈省略〉

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